日本の畑の悲劇③

健康茶研究コラム

世界に誇る日本の農業;

日本は農業にとって厳しい環境です。世界を見渡せば農業にとって都合の良い気候と土壌に恵まれた広大な地域が沢山有ります(無論日本より過酷な土地も沢山ありますが)。しかし恵まれた土地では努力なしでも沢山育つので知力も体力もあまり使いません。一方、恵まれない地域では様々な研究と努力を重ね食べるために必死に努力します。それが日本(人)です。日本人特有の感性と技術そして根気によって何し遂げた開墾開拓、農業技術、品種改良によって、稲作の水準は間違いなく世界最高峰ですし、野菜や果物も海外のものよりも美味しいものを作ることが出来ます。最近ではその日本の美味しい農産品を海外に売り込もうとしていますが、日本よりも大量且つ安価な農産品が出回る海外では付加価値が必要です。物理(物量)的には海外には勝てないので精神(質)的に勝れば良いのですが、質は好み(嗜好)の問題なのでその価値をわかってもらうのは難儀です。海外の農業にとっては、日本の農機具などの工業製品や農業技術や種苗・肥料・農薬など、知的財産や化学製品のほうが魅力があるようです。実際、近年における日本の経済は農業ではなく工業で成長を遂げてきました。

農業は大変だ;

海外のファーマーは楽して(楽しく)作業するために様々な努力をします。日本の農業人は作ることに対する努力を重んじるので、楽して(楽しく)作業するという発想はありません。効率が悪くても汗水垂らして質素倹約が日本の農業人の姿です。農業は大変だ、が口癖です。しかし、技術が発展した現代日本の農業はかなり省力化されています。優秀な農機具があり、品種改良され丈夫に均一に沢山育ってくれる種苗があり、安価で即効性がある肥料があり農薬があります。昔に比べれば相当楽ができるはずなのに一向に楽になりません。高い農機具を買い、大量の肥料と農薬を使って(買って)、収穫を増やせば増やすほど、その作物の市場価格は安くなります。皆が同じようにして同じものを大量に作る(作れてしまう)ので、供給過多となり価格が下がってしまうからです。同じものを大量に作れとした1950年以降の近代農業政策の弊害です。同じ物を大量に作るなら広大な肥沃な土地を有する海外産にはかないません。日本の技術を輸入することで広大な土地で更に楽に大量に作れてしまうのです。今のままでは日本の農業は本当に“大変”です。今、大方が兼業農家だし高齢で担い手(跡継ぎ)もいません。農業は“大変”だから跡を継ぎたくない(継がせたくもない)のです。

日本的農業思想;

日本の技術があれば、誰でも楽して(楽しく)農業がやれるはずです。物量ではなく質的に優れた作物も作れるはずです。無論、量よりも質を追求し作っている人も少なからずいますが、極めて少数派のマイノリティーです。代替わりや新規参入を促し、新しい人材による今の時代に対応した、更には未来志向、グローバル志向の発想が必要です。しかし、ここ数年来、国策として就農支援など新規農業参入者を支援するようなことが言われていますが、日本の農業(人)は不寛容で排他的思想があり、新規参入の見えない壁が存在します。日本の技術があれば、誰でも楽して(楽しく)農業がやれるはずなのに、日本の農業思想の下では、農業を楽して(楽しく)やってはいけないのです。安易に農業はやれない(やらせてもらえない)のが現実です。農地の取得にもハードルがあり、作る作物にも、肥料や農薬、売り先に至るまで、すべて管理(監視)され、思想に反する者は冷ややかな目で見られ、更に管理(監視)を強められてしまいます。カルチャー「culture」は「耕す」という意味ですが、パワハラカルチャーの根源は農業なのかもしれません。農業は土地だけではなく権力(パワー)による嫌がらせ(ハラスメント)も耕してるようです。

畑の継承;

普通の土地(宅地等)とは異なり、農地は誰にもで売れる(誰もが買える)ものではありません。なので基本的には代々受け継がれるものとなります。農地は農地としてしか使えない(家など建物を建ててはいけない)ので相続人が農業をやらないのであれば、畑は、売るか、誰かに栽培を委託するか、貸すか、放置するかのいづれかになりますが、畑にしか使えない土地なので農業志向者以外は買うことはありません。しかし、高齢化で農業を志向する人は減っています。一方、農業を志向はあっても新規参入者はおいそれとは買えない(売ってもらえない)ので、なかなか他人の手には渡ることはありません。そうなると放置(放棄)するしかありません。果樹園や茶畑など樹木を栽培してきた土地はその樹木にも価値があります。実をつけるまでの歳月、そして見上げるまでに育った歳月が貴重です。同じくらい育つまで何十年もかかることを思うと、放置され荒れ放題の果樹園や茶畑はとてももったいないです。

耕作放棄地の増加による懸念;

日本には今、耕作を放棄した農地が相当な面積になっています。平成27年度で約42万ha(東京都の約2倍の面積・富山県分の面積位)が耕作放棄された土地で、それは毎年増え続けています。ちなみに、耕作放棄地とは、過去1年以上の間、作物の栽培が行われておらず、今後も耕作に使われない土地のことです。農地とはいえ個人所有の土地なので所有者の意思で放棄することは自由ですが、放棄されると雑草や害虫の増加、鳥獣による被害、ゴミの不法投棄問題等など、周辺の農地にも影響をもたらします。また、農地には洪水防止機能(農地が耕作放棄地に変わった場合、保水能力が耕作地よりも低くなり、雨水が河川へ流出しやすくなる)もあるので、昨今の異常気象による集中豪雨などで被害が出やすくなります。また、原野化した耕作放棄地は、農地への復元が難しいのは勿論のこと、たとえ将来宅地へ転用(別な用途に使える土地に地目を変更)できても造成のための費用が増大するので好まれません。そして、最大の懸念は、食料自給率への影響です。現在の食料自給率は約40%(カロリーベース)しかありません。昭和40年には約70%あったのです。経済のグローバル化により農作物は輸入に頼るほうが効率的で安価に供給できますが、輸入は相手がいることなので将来も同じ状況とは限りません。食料自給率の低下は、米の生産調整や輸入規制の緩和など政策要因もありますが、農業離れにより耕作放棄地の増加が意図しない水準まで食料自給率を押し下げています。食料は生命に関わるだけに、他国への依存度を減らすのは喫緊の課題です。日本の農業を守ることは近代の農業思想を守ることではありません。もっと新規参入者を増やし、新しい発想の新しい思想の農業に転換していかなければなりません。苦労するのは次世代です。(つづく)